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『週刊読書人』連載のコミック批評〜2002年10月

デフォルメでリアリティ
高野文子『黄色い本』

Image from Kiiroi hon 映画で我々の現実とかなり違うSFやファンタジーの世界を描写しようと思えば、製作費に金がかかる。しかし、マンガでは墨汁と一本のペンでどんなすごい世界で描くことができる。だから、マンガでは映画やテレビで簡単に表現できない、非現実的な物語を描くべきであって現実的な物語をマンガで描いても仕方がない、という考え方がある。しかし、高野文子の最新の短編集を読んで、僕は逆も言えると思った。つまり、実写ではできない「現実の表現」が、マンガによって可能となる。

 『黄色い本』(講談社八〇〇円)には四つの作品が収録されている。デュ・ガールの『チボー家の人々』にはまる高校3年生を描く「黄色い本」は思春期にしかできない「読書」の快感を思い出させてくれる。「CLOUDY WEDNESDAY」は冬野さほの作品の見事なリメイク。「マヨネーズ」は、ちょっぴりセクハラなのに何かとかわいい上司に惚れていくOLの物語。そして「二の二の六」は、お互いの妄想を知らないホームヘルパーとその依頼者の兄のコミカルで切ないすれ違いを描く不思議な作品。

 どの作品も日常的な場面を現実的に描写する、いわば「純文学系」なので、何もマンガにしなくても小説にしても良かったという意見もあるだろう。確かに、同じような内容をリアルな絵柄で描いたら、マンガにする意味がないかもしれないが、高野氏は二十年以上磨いてきた独特なデフォルメによって、実写や小説ではできないような絶妙な効果を作り出す。素朴な絵柄と極端にシンプルなコマ割りやトーンの使用は、かえって現実味を与え、読者を作品の世界に引き込む。最近のマンガは派手なコマ割りやトーンの乱用で「ごまかす」ものが多いように思うが、高野氏は今流行りのマンガの手法に頼らず、目に見えない人間関係の深さを感じさせる作品を描いてくれる。この一見なんでもない『黄色い本』は、ひょっとしたら今年のベストワンかもしれない。


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マット・ソーン ()
文化人類学者